「視界に入らない=持っていない」の世界に住む人

最近ようやく気がついたこと。


ダンナは既に持っているものをよく買ってくる。もちろん「よく買ってくる」内容は100円ショップで売っているようなものや然程高くないもの。それに自分のお金で買っているんだから、あたしがとやかく言うことじゃないんだけど。


あたしは基本的に「物」は収納したい人なのよ。使うものは使う近くに収納したい人。近くですぐに取り出せるところに置いておきたい人。


ダンナは使ったら使ったものをそこに置いておく人。そして次に使う時に「このヘンに置いたはず」と言って探して使う人。


・・・ということは、ダンナの使ったものは常にそのヘンに出しっ放しな状態なわけですよ。
あたしはそれがすごくイヤなの。だから、例えばパソコンやら携帯やらのコード類はこの引き出し・・・と決めてそこに入れる。使いたかったらその引き出しを開けて探せばいいでしょ。引き出しってさ、せいぜい何十センチ四方ぐらいじゃん。それぐらい探すのはそんなに面倒じゃないと思うんだけど・・・どうですか?
でもダンナはその引き出しを開けようともしないで結局新しいものを買ってくる。



要するに自分の視界に入らないもの(ある意味「自然に」視界に入らないもの)は存在しないことになるらしい。自分で「持ってない」か「失くした」ことになっちゃうらしい。
私としては引き出しを開けて探すくらいはして欲しいんだけど。



だから、あたしが仕舞ったものを「ほら、あるよ」と目の前に持っていった時に「お母さんに隠された」って反応するのね。なんか、ようやく合点がいった。
前に書いたかもしれないけど、「隠された」っていうのは私にとってはものすごく「マイナス」な言葉なわけよ。すごく悪意をもってした・・・みたいな。
だから最近はダンナのものには手を触れないようにしている。そうなればいきおい部屋の中はぐちゃくちゃ。ハッキリ言ってものすごいストレスなんだけど「隠された」とか言われるのとどっちがいいかと言われれば・・・まぁやって文句言われるくらいならやらないほうがいいかなって。
家の茶の間ってすごいよ、足の踏み場がないもの。



そんなダンナもたまには本当に見失うみたいで「あれぇ〜、このヘンに置いたはずなんだけど・・・お母さん知らない?」と聞いてくることがある。当然「あたしは触ってないよ。」と言うけど。




あぁ〜ぁ・・・「隠された」って言われてもちゃんと片付けた方がいいのかな・・・最近ダンナのこの「思考」の仕組みみたいなのを勝手に解釈してわかった気分でいるのですごく悩んでいる。