男仕立ての魅力

先日『男仕立ての魅力』(男性和裁士:堤 城作氏、きもの文化定期講座/長野県須坂市綿幸本店)というのに参加してきました。


私は全く知らなかったのですが、昔から男性和裁士による「男仕立て」というのは「憧れの仕立て」といわれてるそうです。
いまや国内縫製すら少なくなってきているため、男性の和裁士は各県に一人いるかいないかぐらいなんだそうです。(講師の先生ははるばる九州福岡−だったと思います−からいらっしゃったとか。)



コレを聞いて思いました。今や色々な分野での「職人」というんでしょうか、「達人」といっていいと思いますが、そういう人は確実に少なくなってきていて、それは生活様式の変化っていうことがあるからある意味「しょうがない」ことなのでしょうが、「文化」として守っていく必要があるんじゃないかと強く思います。




さて、女性がするのと男性がするのとで何が違うか・・・ということですが、先生のお話では基本的に違いはないし、御自身も「男仕立て」が特別とは思っていないということでした。強いて言えば?やはり男性は力の強さ(糸の一重は誰にでも切れるけど二重にした途端に強度が増す・・・みたいなこと)が違うそうです。あと、普通は絎け台を使って縫っていくところ胡坐をかいて足の親指と人差し指で布を押さえて縫っていくという「スタイル?」が違うとのこと。女性でもこのスタイルでやっている人はいて、それを「男仕立て」とも言うそうです。(「でも見た目としてどうか・・・」とは思うとのこと。)
そして、自分の足を使うことで絎け台を使うより幅広く布を見て縫っていけるという利点もあるとのことでした。



私はきものに興味はあっても(興味があるというよりは単純に「好き」なだけ)和裁には興味もなく、当然知識もないので初めて聞くようなことが多く「へぇ〜・・・・なるほどなぁ・・・・」と思いました。




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きものというのは本当によく出来ていて、基本的に縦方向に鋏を入れることはありません。(襟なんかは別。)そして長く着るうちに汚れる部分はだいたい決まっているのでその部分を隠れるように仕立て直せばまたキレイに着られるようになります。
きものには八掛というのがありますが、あれもよく考えられていて、きものよりちょっと出ていて一番擦れるところについているんです。だから最初若い時に似合う色の八掛を付けていて、着ているうちに擦れてくるからそこを取り替える。その時には自分もそこそこ歳をとっているからまたその歳に合う色に変えたりする。そうすると全体の雰囲気も変わってまた新しい感じで着ることが出来るんです。


袖の長さはだいたい身長の1/3が目安かと思いますが、最近は背の高い人も多いし一反の長さもあるのでまぁだいたい決まっています。最近は洋服を着慣れているせいか、裄を長くとりたい人が多いですが、そもそもきものの袖と洋服の袖とは見方(考え方?)が違う。洋服は腕を下げた時に手の甲に掛かる感じかもしれないですが、和服は袖口の下側で見る。そこが腕と手の辺りにくるのが普通なんです。そうすると袖の上がわ(腕を水平にした時の上側)は上がる(腕に沿わない)ので短く見えてしまうから洋服の気分でいるとすごく短く感じてしまうのです。
(女性モノよりも男性モノの方が袖口の開きは広いそうです。腕を組むというか、反対側の袖口から手を入れられるくらい。)


袖の丸みによっても雰囲気はずいぶん変わります。丸みがあったほうが若々しい感じ。着付けのことは良くわかりませんが、裾を短く着る・長く着るや、襟を抜く加減でも印象はずいぶん変わります。





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メモ採って聞いていたわけじゃないので間違いや抜けてる部分も沢山あると思いますが自分の印象に残ったのはこんな感じです。
実際に縫っているところをみると・・・・本当に「ほぉ〜・・・・」って溜息が出ちゃいます。やはりすごいです。ひょっとしたら趣味でもなんでもああいうことをやってる人からしたらまぁ「当然」ぐらいなことなのかもしれないですが、自分みたいな不器用な人間にしてみると指先に「目」がついてるんじゃないかとさえ思います。イヤ、もうたぶん本当に目には見えない「目」がついてるはずです。
実際に「目では見えないところなので指先の感覚でやっている」とおっしゃってました。すごいです。自分の指先で「今、布1枚だけ針が通っている」みたいなことがちゃんとわかっちゃうんですよね、本当にビックリです。
あと、布を裁つ時も(本当に普通の布です、目の細かい・・・)その布地の糸目にそって裁つので、裁った後に端の糸を1本持って離すと途中で切れたりしていなく1本の糸になるんです。(ちょっと文章表現が良くないのでこの状況はわかっていただけないかもしれません。)これも鋏から伝わる感覚でちゃんとわかるそうです。本当にすごいです。


なんか全然関係ない話ですが、以前ロケットの先端だったかの形を作っているだか磨いているだかっていう職人さんもその指先の感覚だけを頼りにしてやってるみたいなのを見たような気がしますが、人間の指先(っていうか感覚?)ってどんなにすごいんだって思います。




あと、実際の仕事の話で、普通のきものを七五三用(三歳)に仕立て直してくれっていう依頼があったそうなんです。で、当然子供用なのでその着物を解いてもっと小さく切るところなのですが、とてもキレイでそれを切るのがイヤだったそうです。(なるべく元のまま、余計なところを切りたくないそうです。)なのでどこも切らずに仕立てで「巧く」やって、大人になったらまた仕立て直して着れるようにしたそうです。


この気持ち、なんかわかるような気がします。私はホント和裁のことは全くわかりませんが、その「モノ」に対する気持ちみたいなものはわかる気がします。



私もこういう仕立て屋さんを知っていたらなぁ。そしたらもっともっときものが好きになって、もっともっと「着よう」っていう気持ちも出てくるような気がする。
もちろん直接仕立てをする方を知っていなくても着物屋さん、呉服屋さんにこちらの希望を伝えればいいのかもしれないけど、正直なところお店って「新品を買って」みたいな部分に力を入れてる気がして・・・・例えばコレをこういうふうにしたいんだけど直せるの?みたいなのは「やりたくない仕事」って気がしてならないんです。(実際、自分が持ってる帯で直したいと思っていながらもう10年以上そのままになってるのもある。)



そして、なによりきものって「高い」。着る頻度なんかを考えると「高すぎる」のです。あ、でもそれがいけないとは思いません。だってプロですから、その技術相応のお金をお支払しなくちゃいけないのはわかります。なんでもそうですが、プロが1日かけてやるのであれば1日食べていける以上のお金は支払わなくては。
そうなると着る回数を増やせば・・・って話ですが、それを考えると「始末」が面倒なんですよね・・・どうしても場所をとるじゃないですか。着る前も着た後も広げて掛けておきたいし・・・でも家って狭いから「邪魔」なんですよね。
色々な意味で「心に余裕」がないと着る気にならない・・・。
そして、そうこうしている間に「なんかアタシにはちょっと若すぎる気がする・・・」なんてことになりつつある。



はぁ〜・・・久しぶりにきもの着て出掛けたいなぁ。
(ちなみに着ることは出来るんです、美容師さんみたいに凝った着付けは出来ませんが・・・。)