自給自足(・・・とは、今は言わないのかな?)

実家の両親というか、状況を見ていて思うことです。



雑誌なんかでもよく取り上げられる「田舎暮らし」みたいなのがありますよね。田舎の広いところで自分で農産物を育ててそれを食べて・・・伸び伸び暮らす、みたいな感じ。(それを「自給自足」とまで言うかどうかはよくわからないですが。)


アタシはソレを悪いことだとは思いませんが、なにか最近は一時的なことに思えてしょうがないです。


実家は兼業農家で、「農家」というくらいなので自分で食べるものを自分で作る、というよりは遥かに量も多く質も良いものを作っていました。(出荷しているんだからソレは当たり前ですが。)
両親が働いている時は出勤前や仕事から帰ってから、朝早くから夜遅くまで農作業をしていました。父なんかはよく「定年になったら専念出来る」みたいなことも言っていました。そして実際、定年後はそれまで以上に頑張ってやってたように思います。




が、当然ですが、農作業って(北海道?やアメリカみたいな広大な土地でやってるのは別だと思いますが)今でも体力勝負みたいなところってありますよね。両親も年をとって、アタシの感覚からすると70後半くらいからは今までの量からどんどん減らしています。
(実家は兄が継いでいますが、現在単身赴任中。)



そういうの見ていて思うんです。
「田舎暮らし」を望んで自分で作ったものを自分で食べてって、たぶんそういうこと考えて田舎に暮らそうとする人って、まぁ30代〜50代の人じゃないかなって。
自分もそうですが、その頃ってまだ気力も体力も充実している感じで、元気だから色々やりたいって思える。
もちろん、その気持ちに従って行動するのは良いことだと思いますが、仮にその人達が歳をとった時にその人達の子供とか関係者がそこでソレを継いでいきたいと思うかどうかと言ったら・・・今の世の中「同居」したいって人、そんなにいるかな?とか思っちゃいます。(っていうか、寧ろ同居したいって思うなら「田舎暮らし」とか言わず、実家を継げばいいんじゃないか、とも思うし・・・。)



そういうことを考えると、昔の日本の「自給自足」の生活って親との同居、何世代にもわたる同居があってはじめて可能な「自給自足」なんじゃないのかなって思います。親が歳で田畑の面倒がみられないって時に子供が引き継いで面倒をみていく「システム」。一代限りでの「自給自足」って、なにかおこがましいというか、言葉の使い方が間違っているんじゃないか・・・みたいな気がしてしょうがないです。



実家の兄も定年になったら実家で農業に「専念」すると思います。が、その次の代はどうかなぁ・・・。
耕作放棄地になり兼ねないかも・・・と思います。
(が、実家とはいえ、もうアタシが口出すことじゃないし、その頃はアタシも生きてるかわからないしね。)