「単語」のこと。

少し前に「推す」「盛る」という言葉に対して(他人が使っているのを聞いてか、自分で使うことに対してかは覚えてないですが)「気にならない」っていう人が80%ぐらい(だったと思う)だというニュースがあった。(気になるか抵抗があるかちょっとハッキリした言い方は覚えてないので、間違っていたらすみません。)


これって、ある意味「推す」人(や物)がある人が80%ぐらいもいるってことじゃないかと思う。
アタシ自身は現状「推す」ことがないので、ハッキリ言って他人が使っていることに対しては別になんとも思わないのですが、一方自分がその言葉を使うとなると「ものすごく」抵抗があるし、実際今まで使ったことはないはずです。


「盛る」については、これはもう仕事の中で普通に使っていた(ある意味使わないではいられなかった)ので、もうフツー?の単語と同じ感覚で使っていたので、逆に気になる人が20%ぐらいもいるのかって思ってしまいました。


結局、自分がソレを使うような「環境」にいるかいないかの差なのかなって思いました。



このニュースとは全然関係ないのですが、アタシは昔(たぶんほんの20年前後まえくらいまで)「美しい」っていう単語は自分で「使えなかった」ような気がしています。
「美しい」って、当たり前ですが普通に意味もわかるし、たぶんそういうモノや状況や諸々見てきてると思うのですが、なにか気恥ずかしかったのかなんなのか口に出して使うことってなかったような気がします。
代りに?「きれい」とか「すごい」とか使ってたような気がする。


しかし・・・最近は結構頻繁に「美しい」を使うようになってきてる。
例えばここでも結構書いてるような気がしますが、スポーツやってる鍛え抜かれた肉体(男女問わず)をテレビ(色々な大会なんかの中継とか)で見たりすると「なんて美しい身体なんだ」って心の底から思って、それが口に出ちゃったりする。
「いい身体」とは(少なくともアタシの中では)違う。

野良仕事なんかをしてる時に、まわりの景色を見て(たぶん「そんなの毎日のことじゃん」と言われるような景色にさえも)「美しい・・・」と口に出したりしてる。


なんだろう、コレ。
上手く言えないですが「美しい」はやはり「美しい」という言葉でしか言い表せない。
(新たに他にピッタリな言葉が作られたらソレを使う日がくるかもしれないけど。)