おびど

板で出来ている襖(板で出来ていたら襖とは言わないから「おびど」って言うのかな?)


実家の昔の家にあった。
あたしが5歳の時に建て替えたはずなので、ハッキリとは覚えていないけど、この「戸」のことは結構良く覚えている。たぶん毎日見てたものだから。
実家の家のものは真ん中に帯?となる板があって、上下に分かれていた。(これは茶の間とお座敷の間の戸。)
北面にもう一つあって、これは下が板、上は桟の細かい障子だったと思う。サイズがちょっと大きくて今の3×6尺より大きかったはず。
実家の母によると「帯戸」と書くのではないか、とのこと。真ん中に1本通っている横板が帯みたいに見えるからじゃないのって。


関係ない話ですが、昔実家では蚕を飼っていて(お蚕様ですよ・・・)、春子と秋子(「はるご」と「あきご」、「子」という漢字じゃないかもしれない)1年に2度お蚕さんが来るの。はるごを飼う時期になると茶の間やお座敷の畳を上げていたんだって。(私も微かながら記憶がある。)
5月(だったかな)の天気の良い日に畳を干して(トランプで2枚使って立てるやり方で)その後でそれを床の間に立てかけるんだって。(床の間は畳全部を収納出来るように作られていたんだって、知らなかった・・・。)

で、畳を上げたあとの床は板の間になっていて、毎日雑巾がけだってさ。今の自宅の畳を上げると普通の「板」みたいなのが張ってあるけど、昔はそこで暮らせる「板の間」のための板だったって。ちゃんとツルツルしてる「フローリング」ってわけ。

で、はるごは5月の中頃から6月の中頃過ぎくらいまで、あきごは8月のお盆過ぎくらいから9月の中頃くらいまでで、その後9月の終わりくらいにお祭りがあったらしいんだけど、それに向けてようやく畳が入るらしい。
母はその畳が入ることがなんとなく心ウキウキみたいな感じでうれしかったと言っていた。


お蚕さんは薄い長四角のザルみたいなのに載せてたんだけど(入れるという表現でも載せるという表現でもない気がするんだけど・・・とにかく桑の葉っぱと一緒に載ってた感じなのよね)それを入れる棚みたいなのがあって、茶の間、お座敷にど〜っさりいたのを覚えてる。
お蚕さんが桑を食べてる音だったか動いている音だったか・・・今となってはどちらかわからないけど、とにかくその音は今も覚えてる。
「あんなに小さいのにこんなに音が聞こえる」って子供ながらに思ってた気がする。


あと、繭をつくる時期になるとそれ用の枠みたいなのがあって、そこにお蚕さんを入れてあげるんだったなぁ。
で、そこに繭が出来た後で外すわけだけど、その外す道具(って言えるのか?)もあったなぁ。これぐらいは子供でも手伝える作業だったからやった記憶がある。
あぁ、でも細かいところが不鮮明でハッキリとは思い出せない。
今じゃ実家の辺りで蚕を飼ってるなんていうのは聞いたことがない。お蚕さんはどこにいっちゃったんだろう。
懐かしいっていう以上に夢のような感じ。
「トトロ」の世界だね。


方言とは全然関係ない話ですが、自分としても忘れてしまいそうなことなのでここに書いておきます。