非常識と自分ルール

なにか最近、人間関係といいますか、人間の日常は単純ではないなぁ・・・と思うことが多いです。
っていうか、自分でもビックりなのですが、この歳になるまでそれに気付くことなく生きてきたっていう自分は、ぬるま湯というかなんというかしあわせに生きてきたというか、見方を変えれば経験を積むことなく、非常識に気付くことなく生きてきたのだなぁと痛感しています。


今朝、事務所に出ると取引先といいますか、まぁ仕事で関係のある人からメールが届いていたのですよ。上から目線な感じで言うなら、最近はその人に対して特に「失敗」はしてないつもりでいたので(その人からのメールは大抵の場合私の言動に対する注意とか要望が多い)「なんだろう・・・」と不安になりながら内容を確認して・・・・




なんかなぁ・・・・





と思った。
実はここのところ、私にとっては仕事でありながら正式に仕事としては頼み難い「ちょっとしたこと」をこの人にお願いしてたのです。で、正式な仕事ではないので(だって正式な仕事であればお金のこととか色々出てくるじゃないですか)時間外だったり昼休みだったりにちょこちょこ行って頼んでいたわけですよ。あ、「ちょこちょこ」と言いましたがそんなにしょっちゅうではないつもりでした。
私はこの人が普段は定時になるとキッチリ帰る人だとわかっているので(もちろん残業することがあるというのもわかってますが)ならば頼むのは昼休みかなって「勝手に」思い込んでいたのです。更に昼休みと言っても「他人の目」があるのでなるべく人のいない時に・・・みたいなことを言われていたので出来るだけ皆がご飯食べに出てるような時間を見計らって・・・みたいな感じ。でもそれってその人がご飯食べる時間でもあるわけですよね。それはわかってるんですが、まぁ自分として総合的に考えて「その時間」が一番安全かな・・・って考えてお願いしに行ってたのですよ。そしたら・・・・



「ご飯は静かに食べたい、家族以外の介入は気持ちよくない」



と言われてしまいました。
まぁわかります、確かに昼休みという大事な時間を他人の「仕事でもない仕事」にとられるのって面白くないですよね、「休み」なんですから。で、確かにこうも聞かれたのですよ「食事していい?」って。だから「どうぞ」って言いつつ仕事の話もしちゃったのです。そしたらそのことについても触れていて


「食事していいかの許可を伺ったのではなく、食事中だから外して欲しい」



ということを「やんわりと」言ったつもりだったらしいのです。(まぁ私には伝わらなかったわけですが。)そして更に「自分だったら(気付かなくてすみません、もう少ししたら伺っても良いですか?)って聞くけどね」だそうです。



ふぅ〜ん・・・・。



私は多少親しく付き合うようになると大抵の場合「自分は鈍いのでハッキリ言ってもらわないとわからないので、そんなことぐらいわかるだろうってことも言葉で言ってください」って相手に伝えるのです。ホントに頭の回転が鈍く、気が利かない人間だという自覚がありますから。
もちろんこの人にもそれは伝えてあります。だからこの手のメールを「親切にも」くれるのだと理解しています。だからこのメールの内容については、あぁ、この人はそんなふうに思ってたのか・・・と自分自身のことを省みながら納得も出来ます。ただ・・・だったら「やんわり」言う必要なんて全くないので「ご飯食べてるから後にしてくれないかな」ってその時言えば済むことじゃないだろうかって思ってしまうのです。だってその方が後になって「そういうの困るんだよね」って言われるよりその場でわかるから「あぁ、すみません」て直接謝れるし、次に伺う時は「今ぐらいはまだご飯食べてるかも」って考えるようになるでしょ?なにか後になって「あの時、実はこう思ってた」って言われるが本当にキライなんです、自分。そりゃぁ、回転の鈍い自分に関して言えば後になって「くっそぉ〜あの時もっとあぁ言ってやればよかった・・・」って思うことはよくありますが、それはその時に思いつかないから「言えなかった」のであって言えるのに「言わなかった」とは違うでしょ。まぁ、完全にこっちの都合でモノを言ってますが。




人にはそれぞれに「自分ルール」があるわけですよ。イヤ、その人の「食事中に相手を訪問すべきではないだろう」っていうのはビジネスマナーとか一般常識とか、名目は知りませんが当たり前のことで単にアタシが非常識なだけなのだろうってのはわかります。ただ、自分自身の気持ちとしたら「正式でない仕事を頼める人」っていうのは完全なる赤の他人とはちょっと違う位置だと思うわけです、自分にしてみると。社会生活?の中で他人と付き合う上での距離っていうのがあると思うのですが、自分の中ではそれは自分を中心とする同心円なわけです。たぶん一番近い円の中には家族とか恋人とかがいて、親友、親戚、会社の同僚、会社の上司、同じ会社に勤めている顔見知り・・・みたいな、まぁその区分けも順番も人それぞれだと思いますが、段々遠く離れていく。
例えば、初対面の人、しかも初対面にも色々あって、例えば会社の入社試験の面接で初めて会ったその会社の社長の前での自分と、合コンで初めてあった異性を前にした自分と、会社の隣の席で毎日顔を合わせている人に対する自分て違うと思うのですよ。
自分はその人に対してご飯食べているのは見てわかっていながら仕事の話を続けたわけですが、自分の気持ちとしては毎日のことじゃないし、それくらいは許してもらえるような気がしてたわけです。まぁ、そこに気持ちの差が出たわけですがね。



最後に付け足しみたいな


「馬鹿とか利巧とかの言葉は不愉快で余計だ」


なんて文章を書かれてしまいました。あれぇ〜?これってその人のほうから言ってきた気がするんだけど。向こうが最初に「井乃中さんのことをバカにしてるわけじゃないからさ」って。それに応えて「バカにされてるとは思ってないですが、バカだなぁとは思ってると思ってます」みたいなことを言ったんだよね。で、自分は色々教えてもらってるので「本当に頭いいですね」みたいなことも常々言ってる。
あぁ、そうですか、不愉快ですか。



で、まぁこういうメールもらったら「そういうつもりじゃなかったんです、ごめんなさい」みたいなことを言いたくなると思うのですが(思いませんか?)最後に止めの


「返信を頂いても読みません」


だとさ。
ふぅ〜ん・・・・。
アタシはこの人のこと、この人の仕事に対する考え方とか取り組み方とか、社会人として本当に尊敬といいますか、すごい人だなぁと心から思っているわけですよ。
でも一方でこういうメールを貰ったりするとこの人の同心円は一番近いところに家族がいるのはいいとして、その次の円はたぶん家族がいる円の数十倍の半径でそこは「堀」とか「溝(海溝くらいに底が深い)」になっているとしか考えられない。そしてその堀の次の円に会社の同僚とか上司とかがようやく入ってくる感じ。だから自分みたいな接点が非常に少ない人間は遥か彼方数キロ先くらいにようやくいるって感じ。そう考えたら、確かにご飯食べてる時にそんな「見ず知らず」くらいな「赤の他人」に近寄って欲しくないよなっていう気持ちは自分の中にもあるかな・・・ってわかるような気がする。



実に恐ろしきは感覚、認識の違いなり。