夢依存症

夢に向かって頑張っている人をバカにしてる、みたいなことではないです。
が、今までにも何度か書いてるように「努力すれば夢は叶う」っていうのに、アタシとしてはメチャクチャ違和感なのです。
言っておきますが、なんにもしないでいては夢を叶えることは出来ないけど、だからと言って努力してたら「絶対に」(とは誰も言ってないですが)夢は叶うみたいな考え方はちょっと違うんじゃないかと思うってことです。


もちろん、世の中の少年少女達に対して「頑張って」っていうのは間違ってないと思ってます。どんな「努力」もムダじゃないとは思ってる。



でもなぁ、なんていうか一つのことに対しての努力って「時間制限」みたいなのがあるんじゃないかって思うんです。
(ここでいうのはソレを「仕事」「生業」にしようって思ってる人に対してです。趣味なら別に100年間やっても100歳から初めても何の問題もないと思ってる。)



今って「努力すれば夢は叶う」っていう考え方がものすごくいいことみたいな感じでとらえられてるように思いますが、古いアタシからするとそれってなんだかギャンブル依存症に似てるような気がします。
っていうか、昔よりも世間が裕福になってるってことなのかな。(少なくともアタシは裕福さを感じてはいませんけど。)


アタシ個人の感覚では学生時代に夢に向かって努力をして社会人になる時には少なからず夢を現実に「出来てる」はずだと思うわけです。っていうか、その時点で現実に出来てない人は努力が足りなかったか向いてないかどっちかだと思うわけです。
で、努力が足りなかった人に関してはその時点で「努力出来なかった」わけで、そういう意味では「向いてない」と言ってもいいような。


その時点でスッパリと「自分はこれが限界」と思えたら別な仕事に就くとか、色々選択肢はあると思うのです。(もちろん選択してみないとわからないことですが、そっちで成功する場合だってある。)
でも、「努力が足りなかった、もっと努力しよう」みたいなのって・・・「もうちょっとお金があったら」みたいにお金をつぎ込んでいくのに似てる気がする。


努力というより時間、かな。
「あと5年」「あと3年」「あと1年」みたいなのと「あと5000円だけ」「あと1万だけ」みたいなのがすごく似てる感じがする。

年数はある意味「死ぬまで」伸ばせると思うけど、お金は自分のお金がなくなって借金してって感じ。
けど、自分の時間を掛けてるのも生活していくお金がなければ辞めざるを得ないと思うので・・・それをしないで夢を追い続けるのってある意味裕福なのかも。



ギャンブルだと「これまでコレにこれだけつぎ込んできたんだ、今更やめられない」みたいなのがあるらしいんだけど(違ってたらゴメン)それと同じで「ここまで努力してきたんだからもう少し頑張る」っていうのがなんか似てる感じがする。
で、夢の場合はもっと「夢に向かって頑張ってる自分」を美化してる感じがする。「夢に向かってる頑張ってる自分カッコイイ」みたいな。


イヤ、くれぐれも言っておきますが、夢に向かって頑張ることが良くないって言ってるわけじゃないです。
そうじゃなくて・・・もうちょっと色々なことを明確にしてから進んだ方がいいよって、そういうことです。